京都七福神参り
2009/04/10
この旅行に行っている時点で体験版までしか出ていない東方星蓮船。
夏に配布される製品版に出てくるボスキャラなんかの予想や、
ストーリー上のキーワードである「船」についての考察がてらに、京都七福神参りに行ってきたのである
宝船といえば七福神、七福神といえば宝船。
星蓮船では霊夢たちが空飛ぶ宝船を追うというストーリーですが・・・・
では「宝船」とはなんなのか。「七福神」とは何なのか。
七福神とは、一般的に
これらの七神で『七福神』とされる。
福禄寿と寿老人の代わりに、吉祥天や、猩々、鍾馗、他にも稲荷大明神や猿田彦、天穂日などが入っていた時期もあるが、
現在のところはこの七人で落ち着いている。
各々の神の信仰は平安時代には出来上がっていたといわれ、
「七福神」としての信仰は室町時代には原型ができていた。後に、
江戸時代に天海僧正が徳川家康の相談役に起用されたとき、行政の方策の一環として七福神信仰や七福神詣でが取り入れられた。
以来、民間に広く流布したという。
現在でも、七福神の乗った宝船が描かれた絵を枕の下に敷いて寝ると、
良い初夢が見られる、と言われている。(画像:鳥山石燕 『画図百鬼夜行』)
民俗学研究家の折口信夫はこの宝船の絵を「獏の符」である、と語っている。
「獏」は悪夢を食べる妖怪。
つまり、宝船の絵は悪夢を祓うためのお札、だという。
「有形無形、数々の恐るべきもの、忌むべきもの、穢れ」を宝船に乗せて、この世の外に流し去るわけだ。
また、枕の下に敷く宝船には、回文が書かれている。
長き夜の 遠の眠りの皆目覚め 波乗り舟の 音の良きかな
なかきよの とおのねむりのみなめさめ なみのりふねの おとのよきかな
この呪文の書かれた宝船を、元日の夜の枕の下に入れる。
そして、次の「二日に見た夢」が、「初夢」と呼ばれる。(元日の夜に見た夢ではない)
つまり、元日の晩に七福神の宝船が「穢れや災い」を運び、流し去ってくれるから、
二日の晩に良い夢が見られる、という理論なのだとか。
『 宝船→ 穢れを乗せる → 流し去る → 良い初夢 』 という図式であって、決して
『 宝船 → 良い初夢 』 ではないのである。
穢れを流すためにあるのが宝船の本来の意味ならば、
その船に乗っている七人ももちろん只者ではないだろう、という気がしてくる。
ということで、七福神巡りの発祥の地、京都に行ってきました
京都七福神参り
数字は自分が参拝した順番。京都七福神参拝は神が祀られている場所が二箇所あったりもするのですが、今回は一日で回りきれるコースに。
(明らかに行動ルートがおかしいというクレームは聴こえません)
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